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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)2214号 判決

原告(反訴被告、主参加共同被告) 株式会社赤坂観光ホテル

被告(反訴原告、主参加共同被告、主参加反訴原告) 北島五郎衛門

主参加原告(主参加反訴被告) 石垣建設工業株式会社

主参加反訴被告 石垣与三郎 外七名

主文

原告株式会社赤坂観光ホテルの被告北島五郎衛門に対する請求を棄却する。

反訴原告北島五郎衛門の反訴被告株株式会社赤坂観光ホテルに対する反訴請求を棄却する。

主参加原告石垣建設工業株式会社の主参加被告株式会社赤坂観光ホテル、同北島五郎衛門に対する各請求をいずれも棄却する。

主参加反訴原告北島五郎衛門の同反訴被告石垣建設工業株式会社、同石垣与三郎、同万陽産業株式会社、同五島督司郎、同高橋矢須子、同農林企業株式会社、同福永了三、同芝商工信用金庫、同全国信用金庫連合会に対する各反訴請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中本訴については本訴原告の、反訴については反訴原告の、主参加、原告の主参加訴訟については主参加原告の、主参加反訴については同反訴原告の各負担とする。

事実

以下本判決において、昭和三一年(ワ)第二、二一四号((A)事件という)の原告、同年(ワ)第八、〇六三号事件((B)事件という)の反訴被告、同年(ワ)第九、三四四号事件((C)事件という)の主参加被告である株式会社赤坂観光ホテルを赤坂観光と、右(A)事件の被告、(B)事件の反訴原告、(C)事件の主参加被告昭和三二年(ワ)第六六二号事件((D)事件という)の主参加反訴原告である北島五郎衛門を北島五郎衛門と、右(C)事件の主参加原告、(D)事件の主参加反訴被告である石垣建設工業株式会社を石垣建設と、右(D)事件の主参加反訴被告である石垣与三郎を石垣与三郎と、同万陽産業株式会社を万陽産業と、同五島督司郎を五島と、同高橋矢須子を高橋と、同農林企業株式会社を農林企業と、同福永了三を福永と、同芝商工信用金庫を芝信用と、同全国信用金庫連合会を全国信用と、訴外株式会社ホテル赤坂をホテル赤坂と、訴外株式会社北島工務店を北島工務店と呼ぶことにする。

第一、赤坂観光の請求

一、請求並びに答弁の趣旨

(1)  本訴請求につき、北島五郎衛門は、別紙第三物件目録記載の建物につき、東京法務局昭和三一年二月一八日受付第二、〇七四号をもつてなされた所有権移転請求権保全仮登記並びに同法務局同日受付第二、〇七三号をもつてなされた抵当権設定登記のいずれも無効であることを確認し、かつ、赤坂観光に対し右各登記の抹消登記手続をせよ、訴訟費用は右北島の負担とする、との判決を求める。

(2)  北島五郎衛門の反訴につき、その請求棄却の判決を求める。

(3)  石垣建設の主参加訴訟につき、その請求棄却の判決を求める。

二、事実主張

別紙第三物件目録記載の建物は、赤坂観光の所有に属するところ、北島五郎衛門は、赤坂観光不知の間に、右建物につき前記のような登記を経由した。しかし、両者の間に何ら債権債務はなく、したがつてその登記は登記原因を欠く無効のものであるから、右無効であることの確認並びに登記の抹消を求める。もつとも、ホテル赤坂は、北島から弁済期昭和三一年三月三一日の約にて金五五〇万円を支払うべき債務を負担している。そこで、かりに、右債務につき赤坂観光が何らかの責任を負うべきものとしても、右建物は、時価金三、〇〇〇万円を相当とするから、これを僅か金五五〇万円の債務の代物弁済に供するが如き契約は無効というべきである。

三、証拠

(1)  証人中村大の証言、赤坂観光代表者中村文雄の供述を援用する。

(2)  乙第六、一〇、一二ないし一六号証は成立を認め、その余の乙号証は知らない。

(3)  丙第一、二、一一、一二号証は知らない。(その余の丙号証につき認否をしない。)

第二、北島五郎衛門の請求

一、請求並びに答弁の趣旨

(1)  赤坂観光に対する反訴請求につき、赤坂観光は、北島五郎衛門に対し別紙第一物件目録記載の建物につき東京法務局昭和三一年二月一八日受付第二〇七四号をもつてなされた所有権移転請求権保全仮登記の本登記手続をせよ。反訴の訴訟費用は、赤坂観光の負担とするとの判決を求める。

(2)  石垣建設ほか八名に対する反訴請求につき

(一) 石垣建設は、別紙第二物件目録記載の建物につき昭和三一年五月七日東京法務局受付第六、六四六号をもつてなされた所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。

(二) 芝信用並びに全国信用は、右抹消登記手続に同意せよ。

(三) 石垣建設は、北島五郎衛門に対し別紙第一物件目録記載の建物一階西南角の約一〇坪(二室)を明渡し、かつ、昭和三二年一月一九日から明渡しずみまで一ケ月金三万二、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(四) 万陽産業は、北島五郎衛門に対し別紙第一物件目録記載の建物を明渡し、かつ、昭和三二年一月一九日から明渡しずみまで一ケ月金三一万円の割合による金員を支払え。

(五) 農林企業は、北島五郎衛門に対し別紙第一物件目録記載の建物一階北側約一五坪(会議室、大食堂)を明渡し、かつ、右農林企業及び福永了三は、連帯して北島五郎衛門に対し昭和三二年一月一九日から明渡しずみまで一ケ月金四万八、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(六) 五島督司郎は、北島五郎衛門に対し別紙第一物件目録記載の建物二階二〇一号室、二〇二号室を明渡し、かつ、昭和三二年一月一九日から明渡しずみまで一ケ月金二万四、四一〇円の割合による金員を支払え、

(七) 高橋矢須子は、北島五郎衛門に対し別紙第一物件目録記載の建物地階を明渡し、かつ、昭和三二年一月一九日から明渡しずみまで一ケ月金六万七、五〇〇円の割合による金員を支払え。

(八) 石垣建設並びに石垣与三郎は、各自北島五郎衛門に対し昭和三二年一月一九日から右(三)ないし(七)の明渡しずまで一ケ月金三一万円の割合による金員を支払え、

(九) 反訴の訴訟費用は、右石垣建設ら九名の負担とする。

との判決及び(一)(二)を除き仮執行の宣言を求める。

(3)  赤坂観光の本訴につき、その請求棄却の判決を求める。

(4)  石垣建設の主参加訴訟につき、その請求棄却の判決を求める。

二、事実主張

(1)  北島五郎衛門は別紙第一物件目録記載本件建物を所有者である。

(一) 北島工務店の所有権

(イ) 建築請負業者たる北島工務店は昭和二十八年六月頃ホテル赤坂の注文により別紙第一物件目録記載の建物の新築工事内部造作共を代金二二六六万八四七五円で請負い、同年七月頃より自己の建築資材を投入して工事をなし昭和三〇年五月頃までに一二五七万六五八二円に相当する部分の工事をし建物が出来た。これにより建物所有権は原始的に右北島工務店に帰属したものである。

(ロ) 北島工務店が本件工事を施行した程度の内訳は乙第二号証に記載の通りである。工事請負代金二二六六万余円の内一二五七万余円相当の部分を施工したのであるが同号証によつて明なように鉄筋工事、コンクリート工事、防水工事、建具工事等法律上建物として扱うに必要な工事は出来上り電気工事も半分程度を仕上げ只衛生工事、タイル張礎石工事、硝子工事、左官工事等装飾的な部分が出来ていなかつたに過ぎないから北島工務店の施工によつて法律上の家屋たる不動産が出来たのである。

(ハ) そして請負代金は出来高に応じ毎月これが支払をする約であつたところホテル赤坂は資金なく昭和二九年一二月まで数回に合計二四七万九〇〇円の支払をしただけで屡々の請求にも拘らず残額金一〇〇九万一八九三円の支払をしないので北島工務店は全く困却した。

(二) この間ホテル赤坂の代表取締役中村文雄は北島工務店代表取締役たる北島五郎衛門の勧めによつて赤坂観光(代表取締役は同じく中村文雄)を設立しその株主を募つて株主から出資を得この出資金によつてホテル赤坂の右未払債務を弁済しようとし昭和三〇年三月赤坂観光を設立したが見るべき出資金を得られなかつた。

(三) 北島工務店と北島五郎衛門との関係、ホテル赤坂、赤坂観光と中村文雄との関係。

(イ) 北島工務店は北島五郎衛門の独裁する小個人会社であり、ホテル赤坂、赤坂観光は中村文雄の独裁する小個人会社である。

(ロ) 従つて北島工務店又は北島五郎衛門に相手方より或る権利が帰属しようとするとき北島個人又は北島工務店のいずれに帰属するかは北島の一存で決定し得るものである。又北島個人或は北島工務店のいずれかに帰属した権利も北島の一存により他のいずれかに移すことができる。この点について法律的には商法二六五条の取締役会の承認が事前事後にすべて存するのである。

(ハ) 右(ロ)にのべたところはホテル赤坂、赤坂観光、中村文雄の関係についても同様であり中村に決定権があるのである。

(ニ) 北島五郎衛門、戸田清八、中村文雄、石垣与三郎等本件の関係者はいずれも右(ロ)(ハ)の事実を熟知し、かつ「北島工務店と北島五郎衛門」、「ホテル赤坂と赤坂観光と中村文雄」の両者について前者を単に北島側、後者を単に中村側と思料しその内訳を深く意識しないで取決めをし契約書を作成したのである。そしてその取決めにおいて北島側或は中村側に権利が帰属する場合、それが個人に帰属するか或は会社に帰属するかは北島或は中村の一存によつて決定することを互に了解していたのである。

(ホ) 建築工事の施行により原始的に建物所有権を取得したのは北島工務店か或は北島五郎衛門個人かは必しも明でないが一応北島工務店と思料せられる。しかし右(イ)(ロ)等の事情のため北島、戸田、中村等の関係人はこの建物が北島個人の所有であるか北島工務店の所有であるかは北島が自由に決定変更し得るものであるため重きを置かず或は会社の所有であり或は個人の所有である如く漠然と北島側の所有と考えて折衝をしたものである。

(四) 中村側の所有権

北島五郎衛門は知人たる戸田清八を代理人として中村文雄に折衝せしめたところ昭和三一年一月一〇日戸田と中村間で次のような示談が成立した。

(A) 前記建築請負契約は合意解除する。

(B) 中村側(ホテル赤坂、赤坂観光又は中村文雄)は北島側(北島工務店又は北島五郎衛門)に対し工事残代金債務一〇〇九万一八九三円あることを認め昭和三一年三月三一日までに内金五五〇万円を支払うべくこれが遅滞なく支払われたときは北島側は残額を免除する。

(C) 建物の所有権を北島側より中村側に移転する。

(D) 中村側は北島側に対する右五五〇万円の債務を担保するため右建物に抵当権を設定する。

(E) 中村側が期限に右債務五五〇万円を弁済しないときはその代物弁済として右建物の所有権を北島側に返還する。

(F) 中村側において中村側の名義に建物の保存登記をなすべくその保存登記ができてかち右(D)(E)の登記手続をなすべくこれに必要な委任状及び印鑑証明を北島側に交付する。

これによつて建物所有権に北島側より中村側に移転したのである。

(五) 赤坂観光の所有権と北島五郎衛門の代物弁済権及び抵当権

(イ) 同年二月一〇日頃中村文雄より戸田清八(北島工務店及び北島五郎衛門の代理人)に対し建物の保存登記ができた旨の連絡があつたので同月一四、五日頃戸田が中村方に赴いたところ中村は戸田に対し建物は赤坂観光の名義で二月八日保存登記したことを告げ北島側(北島工務店又は北島五郎衛門)を債権者として抵当権及び代物弁済の登記をするために使用すべき赤坂観光の委任状及び印鑑証明書を交付したので戸田はこれを諒承して受領し北島五郎衛門に交付した。よつて北島五郎衛門はこの書類を使用し同年二月一八日自己のため抵当権設定登記及び代物弁済(所有権移転請求権保全)仮登記(東京法務局同日受付第二〇七四号)をしたのである。

(ロ) 右(イ)の経過を前記(三)の(イ)乃至(ホ)の事情及び右(四)の示談と綜合すれば右の示談において中村側と表示されたものは中村文雄の保存登記によつて赤坂観光と決定しこれにより建物も同会社の所有となり同会社は北島に対し債務を負担し抵当権代物弁済権を設定したこととなるのである。

(ハ) 相手方は代物弁済契約を否認するけれどもこの契約のあつたことは次の事情によつて明白である。

即ち北島工務店の金一〇〇九万余円のホテル赤坂に対する建築請負代金債権は北島工務店に(A)所有権が存することにより(B)留置権占有権が存することによつて担保されていたものである。昭和三十一年一月十日の示談契約によつて北島工務店は右(A)(B)の担保を放棄したのであるが、その代償として金五五〇万円が不履行の場合金五五〇万円だけについての抵当権を得るだけで我慢する筈のないことは常識を以てしても明らかなところで、代物弁済の約があつたからこそ(A)(B)を捨てたのである。代物弁済によつて所有権を取得しても、北島工務店は(A)で失つたものを単に回復するに過ぎないのであつて、利得するところはない(但しホテル赤坂に対する四〇〇余万の債権は、この場合残存するが同会社に対する無担保の債権では意味がない)。即ち戸田清八は明白に中村文雄に対し、他人の多数の列席せる所で五五〇万円につき不履行のあつたときは、所有権を返して貰う旨念を押し中村はこれを承知したものである。乙第四号証には代物弁済についての記載がないが、これは戸田清八がこういう書類作成について素人のため失念していたのである。しかし乙第一一号証の条項第一の末尾に「共有物」云々とあるところからみても、代物弁済契約の存在は疑の余地はない。

(六) 北島五郎衛門の所有権

然るに赤坂観光は三月三一日を過ぎても弁済をしないので北島は同年一〇月八日同会社代表者中村文雄に対し代物弁済完結の意思表示をし、かつ同月一九日反訴状の送達によつても代物弁済完結の意思表示をしたのでこれにより所有権は北島に移転した。

(七) よつて北島は赤坂観光に対し右五の(イ)の仮登記の本登記手続を為すべきことを訴求する。

(2)  石垣建設等の占有と不法不当行為

(一) 石垣建設は北島工務店の工事を引継ぎ本件建物の工事(凡そ数百万円相当)を施工したものである。昭和三一年三月二八日赤坂観光(訴訟代理人高山平次郎弁護士)は北島五郎衛門を被告とし同会社としては抵当権設定及び代物弁済契約をしたことがないと主張してその登記抹消の訴訟を提起し(東京地昭三一年(ワ)第二二一四号)た。そして同年四月末頃中村文雄兼石垣与三郎の代理人と称する尾野龍一が北島五郎衛門の訴訟代理人弁護士磯村義利を訪間し北島の債権五五〇万円につき減額方を甲入れ同弁護士がこれを拒絶したところ間もなく左の如く奇々怪々な諸事件が発生した。

(二) 二重保存登記

(A) 本件建物は前記の如く昭和三一年二月八日保存登記せられたものであるところ同年五月七日不当にも石垣建設の申請(同日東京法務局受付第六六四六号)により所在番地を三番地(従前の登記は四番地)とし家屋番号を三番の拾五(従前の登記は四番の九)とし石垣建設の所有として本件建物の保存登記が為された。即ち同一建物につき(近辺にかかる種類の建物は他に存在しないのであつて同一建物であることは明白――後東京法務局は北島の申請により実地踏査の結果同一物であると認め各登記につき地番を一番地二番地と更正し家屋番号を三番の拾五と改めた)石垣建設の申請により二重の保存登記を生じた。

(B) そして尚同年五月二四日石垣建設は右後に二重登記された建物に抵当権を設定登記しかつ代物弁済賃借権の登記をして芝信用より金八〇〇万円を借用した。そして同年九月全国信用は右抵当権に質権を設定し同月二二日附記によりその登記をした。

(C) 北島は右二重登記その他を告訴中であるがその告訴事件に際し告訴代理人(磯村弁護士)が丸の内警察署より聞知したところによれば石垣或は中村文雄等は最初従前の保存登記によつて右芝信用より金借することとし借用の公正証書(本代理人警察署で閲覧)を作成したが北島五郎衛門のため抵当権及び代物弁済の登記あるため金庫より借用を拒絶されその結果二重登記をしこれによつて金借したものであり信用金庫係員も共犯の疑が濃い。

(三) 第一の保存登記の不法抹消

(A) 昭和三一年五月一二日何者かが赤坂観光代表者中村文雄名義で第一の保存登記につきその錯誤による抹消を申請したため抹消の登記がなされた。

しかも右抹消申請には利害関係人(抵当権及代物弁済権利人)北島の同意を要するところ北島名義の偽造同意書が右抹消申請に添附せられていた。

(B) 右は第一の保存登記を破壊し北島を害して信用金庫より金借のときに第二の保存登記を正しいものと見せようとする意図を持つたものと想像される。石垣与三郎は中村文雄に対し右(A)の抹消された登記を示し「このように北島の関係はきれいに話がつき保存登記も抹消された」と虚偽の事実を申述べた由であるから右抹消登記の犯人は石垣でないかと思われる。北島は後日この抹消登記の回復を得たがその被つた驚き不便等は想像に絶する。

(四) 石垣建設等反訴被告の建物占有

(A) 尾野龍一、石垣与三郎等は中村文雄に対し「北島関係は自分の方で処理するから文句を云うな」とて中村を迫出し本件建物の占有を始めた由である。

(B) よつて北島五郎衛門は明渡の訴訟を提起するため仮処分の決定を得執行したところその判明した占有関係は昭和三二年一月一九日において

(イ) 万陽産業は建物全部を占有し

(ロ) 石垣建設は一階西南角約十坪(二室)を万陽産業と共同して占有し

(ハ) 農林企業は一階北側約十五坪(会議室、大食堂)を万陽産業と共同して占有し

(ニ) 五島督司郎は二階の二〇一号室二〇二号室を万陽産業と共同して占有し

(ホ) 高橋矢須子は地階全部を万陽産業と共同して占有している。

(3)  赤坂観光以外の相手方に対する請求の理由

(一) 右の如く第二物件目録物件についての石垣建設の保存登記は(イ)既に保存登記中の建物についての保存登記であり(ロ)加之右会社は実質上も所有者でないからこれが抹消を求め、この抹消については芝信用及び全国信用の同意を要するのでこれが同意を訴求する。

(二) 石垣建設、万陽産業、農林企業、五島督司郎、高橋矢須子に対してはそれぞれ右(2) (四)、(B)記載の占有部分につきこれが明渡及び明渡まで各占有部分について賃料相当額たる請求の趣旨記載額の損害金の支払を求める。

(三) 福永了三は農林企業の代表取締役であるところ同会社が前記の不法占有をなすは専ら福永の職務の執行によるものであり且故意又は重大なる過失がある(民法一八九条二項の類推により少くも本訴提起のときより悪意とみなされる)から商法二六六条の三により北島五郎衛門に対し農林企業と同じく賃料相当額の賠償をなすべきであるからこれが支払を求める。

(四) 石垣建設が前記の如く一階の一部を占有するはその代表取締役たる石垣与三郎の右会社の職務執行としてなされているものであり、悪意又は重大な過失がある。

万陽産業(その代表取締役として全職務を執行している石垣陽三郎は、石垣与三郎と異名同人)が本件建物全部を占有しているのは、石垣建設より貸与或は使用許諾を受けたのであり、この貸与又は使用許諾は石垣与三郎が代表取締役の職務執行としてなしたものであり、悪意又は重大な過失がある。

又万陽産業の建物占有は、その代表取締役たる石垣与三郎の職務執行によるものであり、悪意又は重大な過失がある。

又農林企業、五島督司郎、高橋矢須子が夫々建物の一部を占有しているのは、石垣建設又は万陽産業より貸与又は使用許諾を受けたのであり、この貸与又は使用許諾は、石垣与三郎が代表取締役の職務執行としてなしたものであり、悪意又は重大な過失がある。

よつて石垣与三郎に対し、商法二六六条の三に基きこれらの反訴被告が建物を北島五郎衛門に明渡すまで、この建物全部の賃料に相当する一ケ月金三一万円の損害金の支払を求める。

又石垣建設は本件建物を自己の所有と称して他の反訴被告等に貸与又は使用許諾し占有せしめ北島に対し賃料相当の損害を蒙らしめておりその代表者たる石垣は悪意又は過失があるから同会社も故意又は有過失であり石垣与三郎に対すると同様同額の損害金の支払を訴求する。

(4)  相手方等の主張に対する答弁

(一) 赤坂観光の「北島の抵当権或は代物弁済請求権は無効でありその各登記は同会社の承諾せざるものである」との主張は否認する。

(二) 石垣建設等の「同会社が本件建物の所有権を得た」との主張は否認する。

三、証拠

(1)  乙第一ないし一六号証提出。

(2)  証人戸田清八の証言、本人北島五郎衛門の供述、鑑定の結果を援用する。

(3)  丙第六、七、一〇号証の成立を認め、その余の丙号証は知らない。

第三石垣建設の請求

一、請求並びに答弁の趣旨

(1)  主参加の請求につき、赤坂観光は、石垣建設に対し別紙第三物件目録記載の建物につき、東京法務局昭和三一年二月八日受付第一、五一八号をもつてなされた所有権既存登記を抹消し、赤坂観光並びに北島五郎衛門は石垣建設に対し、同法務局同月一八日受付第二、〇七三号をもつてなされた抵当権設定登記及び同日受付第二、〇七四号をもつてなされた所有権移転請求権保全仮登記をそれぞれ抹消せよ訴訟費用は、右赤坂観光及び北島らの負担とするとの判決を求める。

(2)  北島五郎衛門の反訴につき、その請求棄却の判決を求める。

二、事実主張

(1)  本件建物は石垣建設の所有である。

(一) 本件建物につき、北島工務店の施行した工事の進捗程度を以てしては、いまだ法律上建物として取扱うことはできないのであつて、この未完成工事は、法律上は「動産たる材料」として取扱うべきものである。

(二) しかして、右「未完成工事(動産たる材料)」は乙第四号証の契約が成立した昭和三一年一月一〇日以前は、北島工務店の所有に属していたが、右契約により同日以後は、ホテル赤坂の所有に帰したのである。

(三) 石垣建設は、昭和三〇年一二月一二日、赤坂観光との間に、右未完成工事(動産たる材料)を基礎として請負契約を締結し爾後昭和三一年四月末頃までに、自己の材料を投入し総額一、二〇〇万円に達する工事を施行した結果、その工事は法律上建物とし取扱う程度に進捗したのである。しかして昭和三〇年一二月一二日までに北島工務店の施行した工事の進捗程度は全体の三五%乃至四〇%程度に過ぎず、その未完成工事の価格は六〇〇万円位に過ぎなかつたのであるが、石垣建設において、前示一、二〇〇万円に達する工事を施行したる結果昭和三一年四月末頃における本件建物の価格は時価二千数百万円を超ゆるに至つたのである。

(四) 従つて、石垣建設は、昭和三一年四月末頃には、民法第二四六条の規定により法律上当然に本件建物の所有権を取得するに至つたのである。

(五) 前記未完成工事を基礎として工事を施行したる石垣建設の工事施行高が、仮りに、前記北島工務店施行の工事施行高を超えず、従つて、石垣建設が民法第二四六条の規定により本件建物の所有権を取得するに至らなかつたとしても、石垣建設は左記の理由により本件建物の所有権を取得したのである。即ち

(イ) 本件建物が仮りに、北島五郎衛門の主張のように、北島工務店の工事施行により法律上建物として取扱はるる程度に達し、同工務店において、原始的にその所有権を取得したとしても、同工務店とホテル赤坂との間の乙第四号証の契約書第三項により、本件建物の所有権は、昭和三一年一月一〇日を以て、北島工務店よりホテル赤坂に移転し、爾後本件建物はホテル赤坂の所有に帰したのである。

(ロ) 石垣建設は赤坂観光との間に、前示のように、昭和三〇年一二月一二日本件建物工事についての請負契約を締結し、同三一年四月末日頃迄の間に総額一、二〇〇万円位を投入して工事を施行したのであるが、注文者たる右赤坂観光において請負代金の支払をしないので、ホテル赤坂代表者取締役中村文雄と石垣建設代表者取締役石垣与三郎との間に、昭和三一年四月末頃、石垣建設に対し工事代金を完済するまでの間、本件建物の所有権を石垣建設に譲渡し、右工事代金の支払を完済したるときは、これをホテル赤坂に返還する契約が成立し、茲に石垣建設は本件建物の所有権を取得するに至つたのである。このように、ホテル赤坂より昭和三一年四月末頃石垣建設に対し、本件建物の所有権が譲渡せられたため、右両者は協議の上、昭和三一年五月一日東京都知事に対し、「新建築主石垣建設工業株式会社は、旧建築主株式会社ホテル赤坂」とする建築主変更届を提出したのである。しかして、建築業界においては、工事中の建物の所有権を移転した場合には、かように、建築主変更届をすることは、殆どその慣習となつているのである。

(2)  北島五郎衛門の本件建物は北島の所有であるとの主張について。

(一) 北島は、本件建物の所有権を取得した理由として、『本件建物は乙第四号証によつて「北島側より中村側」に移転したので、(一)昭和三一年二月八日本件建物につき、赤坂観光名義の保存登記をなし、(二)この保存登記をした本件建物に対し、昭和三一年二月八日北島五郎衛門のためにその主張の抵当権設定及び代物弁済契約の登記がなされたのであるが、(三)中村側において乙第四号証に契約した五五〇万円を支払わないので、(四)北島五郎衛門は右代物弁済契約に基き代物弁済完結の意思表示をなし、以て、北島五郎衛門において本件建物の所有権を取得し』たと主張するのであるが、右の主張は左記理由に基き失当である。

〈1〉 ホテル赤坂と赤坂観光とは、中村文雄が、いずれも、その代表者となつているとしても、法律上は全く別個独立の法人である。このことは、赤坂観光設立の経過に徴しても明かであつてホテル赤坂では本件建物の建築資金が集らないので、これを集める手段として、赤坂観光が創立せられたのであるから両者が全く別個独立の会社であることはこの点より見るも疑なき事実である。このことは、北島五郎衛門と北島工務店との関係についても同様であつて両者は法律上全く別個独立の人格である。

〈2〉 乙第四号証は、ホテル赤坂の代表者たる中村文雄と、北島工務店の代表者たる北島五郎衛門との間に締結された契約であつて、右ホテル赤坂と別人格を有する赤坂観光と個人たる北島五郎衛門又は北島工務店との契約ではない。

従つて、乙第四号証第三項により本件建物の所有権を取得した者は、ホテル赤坂であつて、赤坂観光ではないのである。

〈3〉 従つて、昭和三一年二月八日本件建物に対し、赤坂観光名義に所有権の保存登記がなされても右保存登記は何等所有権を有しない者に対してなされた保存登記であるから、法律上何等の効力なきものである。

〈4〉 北島五郎衛門主張代物弁済契約は成立していないのである。若し、乙第四号証作成当時かかる契約が成立していたとすれば、かかる重要事項を乙第四号証に記載しない筈はないのである。また乙第四号証は法人たるホテル赤坂と法人たる右北島工務店間に成立したものである。従つて、乙第四号証による契約を基礎として代物弁済契約が成立したとすれば、それは右法人たる両会社間において成立すべきものであつて個人たる北島との間に成立することはないのである。

(3)  昭和三一年二月一八日附を以て本件建物につき北島のためになされた抵当権設定及び代物弁済契約の登記について、

本件建物は、前記のように、かつて、赤坂観光の所有に属したことなく、従つて、昭和三一年二月八日附を以て、本件建物につき、赤坂観光のためになされた保存登記は法律上無効である。しかして、本件建物につき昭和三一年二月一八日なされた抵当権設定及び代物弁済契約の登記は、かかる無効の保存登記を基礎とし、且つ北島個人のためになされたものであるから、いかなる意味においても法律上無効である。

(4)  昭和三一年五月七日附を以て本件建物につき石垣のためになされた保存登記について、

昭和三一年四月末頃、石垣建設は民法第二四六条の規定により、又は石垣建設とホテル赤坂間の本件建物の譲渡契約により本件建物が石垣建設の所有となつたことは前述のとおりである。かくて、昭和三一年五月七日石垣建設のために適法に本件建物の保存登記がなされたのであるから右保存登記は事実に符合し法律上有効である。

(5)  本件建物につき芝信用に対しなされた抵当権設定等の登記について、

本件建物は、右のように、昭和三一年四月末頃石垣建設において適法にその所有権を取得し同年五月七日その保存登記がなされたのである。従つて、昭和三一年五月二四日石垣建設が芝信用に対する債務のために、本件建物につき抵当権等の設定登記をしたのは法律上有効である。

(6)  二重保存登記問題について、

本件建物につき、昭和三一年二月八日赤坂観光名義になされた保存登記が法律上無効であり同年五月七日石垣建設名義になされた保存登記が法律上有効であることは前記のとおりである。

(7)  北島五郎衛門は「北島工務店又は北島五郎衛門に相手方より或る権利が帰属しようとするときは、北島個人又は北島工務店のいずれに帰属するかは北島の一存で決定し得るのである。又北島個人或は北島工務店のいずれかに帰属した権利も北島の一存により他のいずれかに移すことができる。この点については法律的には商法二六五条の取締役会の承認が事前事後にすべて存するのである」と主張しているが、本件において、かかる取締役会の承認があつたことについては何等の立証がない。又北島はその主張の抵当権設定及び代物弁済契約は、北島工務店とホテル赤坂との間に成立し、しかして、北島工務店が取得したこの抵当権及び代物弁済請求権を、商法第二六五条の規定により北島工務店より同会社の取締役たる北島五郎衛門個人に譲渡したと主張しているのである。しかしながら代物弁済請求権は一種の債権である。その譲渡は民法第四六七条の適用があるものと考える。又抵当権の譲渡については民法第三七五条、第三七六条の規定がある。いずれもその譲渡を債務者に通知し又は債務者がこれを承諾することを以て対抗要件としているのである。しかるに、北島はかかる通知又は承諾ありたることを主張もしなければ立証もしていないのである。

(8)  北島五郎衛門の主張中北島建設の右主張に反するものは全部これを否認する。

三、証拠

(1)  丙第一ないし一三号証(そのうち丙第三号証は一、二、同第四号証は一ないし一六)を提出。

(2)  証人戸塚純一、堀井京、真下勇、阪倉満徳、阪倉善治、阿由葉準次郎、中村大、広田寿夫、松本佐代治、の各証言、赤坂観光代表者中村文雄石垣建設代表者石垣与三郎の供述を援用する。

(3)  乙第一一ないし一五号証の成立を認める。(その余の乙号証につき認否をしない。)

第四、石垣与三郎、芝信用、全国信用、万陽産業、五島督司郎、高橋矢須子、農林企業、福永了三の各答弁

一、答弁の趣旨

北島五郎衛門の反訴請求棄却の判決を求める。

二、事実主張

石垣建設の主張をすべて援用する。

三、証拠

石垣建設提出、援用の証拠をすべて援用し、相手方提出の書証につき石垣建設と同一の認否をする。

理由

一、北島工務店とホテル赤坂との間の請負契約とその工事の進捗程度、成立に争いのない乙第一五号証、証人戸塚純一の証言によつて成立を認められる丙第五号証、真正に成立したと認める乙第一六号証(一部当事者間においては成立に争いがない。)北島五郎衛門の供述によつて成立したことが認められる乙第一ないし四号証、右北島の供述並びに証人戸田清八の証言を合せると、建築請負業者である北島工務店が、昭和二九年八月二一日頃ホテル赤坂の注文により、鉄筋コンクリート造り地下一階地上三階建(別紙第一物件目録記載のもの)の建物の新築工事を代金二二、六六八、四七五円にて請負い、その頃から自己の資材を投入して工事を開始し、昭和三〇年五月頃までに金一二、五七六、五八二円に相当する部分の工事を進捗せしめ、右五月現在において鉄筋工事、コンクリート工事、防水工事、建具工事はその殆んどを終え、ブロツク工事、衛生工事、電気工事は半分程度を仕上げ、タイル張凝石工事、左官工事、硝子工事を残すまで出来上つたこと、請負代金は、出来高の半額を順次支払う約であつたところ、ホテル赤坂にその資金がなく、昭和二十九年一二月までの間数回に合計金二、四七〇、九〇〇円を支払つたのみであつたことが認められ、証人真下勇、阪倉満徳、阪倉善治、中村大、本人石垣与三郎の各供述中右認定にていしよくする部分はたやすく信用しがたく、他にこれをくつがえす証拠はない。

そして、およそ鉄筋コンクリート造りの建造物は、右認定の程度にまで建築工事が進捗したのであれば、土地から独立して所有権の客体たりうる資格を十分に具えるものというべきであるから、この点に関する石垣建設らの主張を容れることはできない。そうすると、右建物所有権は注文者において代金を完済しないのであるから、一応自己資材をもつて工事を遂行した請負人である北島工務店に属するものとみなければならない。

二、右請負契約上の効果は何人に帰属したか。

前記一、に挙げた各証拠に、成立に争いのない乙第六号証及び証人戸田清八の供述によつて成立したことが認められる乙第五号証を加えて考えると、つぎの事実を認定できる。注文者であるホテル赤坂は請負人北島工務店に対し前記請負残代金一〇、〇九一、八九三円を支払うことができず、そのため北島工務店においても工事の遂行に蹉跌を来たしたが、両者は、その解決策として昭和三一年一月一〇日つぎのような協定を結んだ。

(1)  前記請負契約を合意解除する。

(2)  ホテル赤坂は、北島工務店に対し請負代金債務金一〇、〇九一、八九三円あることを認め、昭和三一年三月三一日までに内金五五〇万円を支払うべく、これを遅滞なく支払つたときは北島工務店において残額を免除する。

(3)  建築中の建物所有権を北島工務店からホテル赤坂に移転する。

(4)  ホテル赤坂は、右五五〇万円の債務を担保するため右建物に抵当権を設定する。

(5)  ホテル赤坂が期限に右債務五五〇万円を支払わないときはその代物弁済として右建物の所有権を北島工務店に返還する。

(6)  ホテル赤坂において先ず建物の保存登記をした上で右(4) 及び(5) の登記手続をなすべく、これに必要な委任状及び印鑑証明書を北島工務店に交付する。

これによつて建物所有権はホテル赤坂に移転したものである。ところが右建物の保存登記は、ホテル赤坂名義でなされず、昭和三一年二月八日赤坂観光名義をもつてなされ、また、右建物に対する抵当権設定登記及び代物弁済契約に基く所有権移転請求権保全仮登記が北島工務店のためになされず、同月一八日北島五郎衛門のためになされた。しかしその登記手続は、ホテル赤坂、赤坂観光(その代表取締役はホテル赤坂と同一人である中村文雄で、同人は北島五郎衛門の勧めにより昭和三〇年三月赤坂観光を設立し、株主の出資を得てホテル赤坂の前記未払請負代金を弁済しようとしたが、見るべき出資金を得られなかつたもの。)北島工務店(その代表取締役である北島五郎衛門が独裁する個人会社)及び北島五郎衛門の四者が合意のうえで(少くとも暗黙の諒解のもとに)したもので、以上の各登記を経由するとともに、建物所有者を赤坂観光とみなし、また、抵当権者、代物弁済予約権利者を北島五郎衛門とみなして、前二請負代金債務の決済に関する法律関係を形成しようとしたものであり、そのことについて右四者の間に格別の異議もなかつたものである。

右認定に相違する中村文雄本人の供述部分はそのまま信用することができないし、他にこれを動かす証拠はない。

従つて、右認定事実に立脚しない石垣建設の所論は採用できない。

三、石垣建設の請負工事の引継ぎと続行

石垣与三郎本人の供述によつて成立したことが認められる丙第二号証、第三号証の一、二、第四号証の一ないし一六、第五号証及び同本人並びに証人堀井京、真下勇、阪倉満徳、阪倉善治、中村大本人中村文雄の各供述を綜合すれば、つぎの事実が認定される。

石垣建設は、昭和三〇年一二月十二日赤坂観光との間に、前記未完成部分の引継ぎ工事(但し従前の地上三階を四階建とする)を代金一八、七三七、二七五円、竣工時期昭和三一年三月三一日の約にて請負つた。右代金のうち金二〇〇万円は契約と同時に、内金七〇〇万円は中小企業金庫借入予定金のうちから残額は二年の割賦にて支払う約であつた。

右工事の引継ぎは前工事人北島工務店の諒解を得てなされた。石垣建設は右工事を昭和三一年七月頃完成(但し地上四階部分は築造せず)し、一旦建物を注文主に引渡したが間もなく(約二ケ月後)その建物を取戻した。それは、赤坂観光が請負代金のうち約金一八〇万円を支払い、その余を支払わないので、その履行を確保するために赤坂観光から建物所有権の譲渡(譲渡担保)を受けたものである。もつとも、これよりさき既に右不履行のおそれがあつたので、石垣建設は同年四月頃赤坂観光との間に右譲渡担保を約し、同年五月一日都知事に対し、建築主ホテル赤坂を自己に変更する旨の届出を了していた。

石垣建設は、昭和三一年四月末頃までの間に施行した工事によつて本件建物所有権を民法第二四六条(同条第一項は動産に関するものであるから、恐らく、第二項を主張するものと思われるが)に基き取得したと主張する。しかし、同条は、注文主と請負人の双方が一部ずつ建築資材を提供して工事の開始された場合には適用の余地があるが、本件においてはさきに認定したように、石垣建設の工事は当時既に独立した不動産として認められる程度にまで出来上つた建物について着手されたのであるから、同法第二四二条(不動産の附合)の適用はともかく、右二四六条を適用する余地はないものと考える。

また、石垣建設は右四月末頃ホテル赤坂から譲渡契約によつて右建物所有権を取得したと主張する。しかし、前記建築主変更届を右両者協議のうえ所轄公署に提出したからといつて常に必らず建築中の建物の所有権の移転を肯定しなければならないものではない。その当時所有権の移転があつたとする証人阪倉満徳、中村大、の証言、石垣与三郎本人の供述部分は中村文雄本人の供述と対比すると、そのまま信用できず、他に証拠はない。さきに認定したように工事完成後一旦本件建物を注文主に引渡したところからみると、建築主変更届当時においては未だ確定的に所有権移転の合意が成立したのではなく、前記譲渡担保の約束をしたに過ぎないものと認めるのを担当とする。

四、本件建物所有権の帰属

北島工務店が本件建物請負工事に投じた費用で未回収のものは一応前記乙第四号証において債権の確認された一〇、〇九一、八九三円と認めざるを得ないであろう。そして、他方石垣建設が引継いだ工事に投じた費用については、これを明確ならしめる資料がとぼしいのであるが、さきに認定したように代金一八、七三七、二五七円にて請負つた工事の目的物たる建物を一応完成(たゞし約定の四階部分は築造しないで)したものとして注文者に一旦引渡している。右四階部分の築造をするとすれば金四〇〇万円ないし五〇〇万円を要すること、注文者から金一八〇万円の弁済を受けていることは石垣与三郎本人の供述中に自認するところであり、これらを請負代金から控除した残金一、二〇〇万円ないし一、三〇〇万円は反証なき本件において一応石垣建設が右引継工事に投じた費用(そのほか石垣与三郎は追加工事をし総工費二、〇〇〇万円以上を要したと供述しているが、それは明確な資料を伴わないので直ちに肯認できない。)と認めてよいのではなかろうか。(もつとも、その費用額を確定することは本件究極の判断に影響しないから、既述以上にわたる証拠の検討はしないこととする。)

北島五郎衛門が本件建物の所有権を取得した理由は、その主張するところによれば、代物弁済予約完結の意思表示による昭和三一年一〇月八日ないし、同月一九日であつて、右一九日にその旨の意思表示の記載ある反訴状が赤坂観光に送達されていることは記録上明かであるし、その頃までの建物所有権が右赤坂観光に帰属していたと認むべきことは既に説示した。もつとも石垣建設は右建物所有権は赤坂観光にはなく、ホテル赤坂に存したと主張する。しかし、石垣建設の引継工事の請負契約における注文主は赤坂観光であることは石垣建設が自ら主張するところであり、そのことは証拠(丙第二号証)のうえからも認められる(なお乙第一一号証参照)ところから推しても、当時ホテル赤坂と赤坂観光との間の権利の帰属については、北島五郎衛門の主張にあるように、関係者間(石垣建設をも含めて)さして意に介せず、会社代表者の決するところに委ね、その結果を(少くとも黙示的に)承認していたのではなかろうか。

また、石垣建設が注文主中村文雄(同人をホテル赤坂または赤坂観光の代表者として)から担保の目的をもつて本件建物の譲渡引渡を受けたのは工事完成二ケ月後すなわち昭和三一年九、一〇月頃(日時の点は必ずしも明らかでないが)と認められることは、さきに認定した。そうすると、本件建物につき北島五郎衛門及び石垣建設が後記権利取得にいたるまでの間は、その所有権が赤坂観光に帰属していたことになる。

ところで、証人戸田清八、阪倉満徳、中村大の各証言、北島五郎衛門、石垣与三郎各本人の供述、これら供述により成立したことが認められる乙第一一号証、前掲乙第三ないし五号証を綜合すればつぎの事実を認定できる。前記北島工務店とホテル赤坂との間に債務弁済、抵当権設定等の契約(その内容は既に認定した)の結ばれた直後である同年一月一二日頃、北島工務店の代理人戸田清八と石垣建設代表取締役石垣与三郎との間にホテル赤坂が北島工務店に対し負担する右弁済契約上の義務を履行しない場合には、本件建物を右北島、石垣両者の共有となすべき旨の特約が結ばれた。その特約締結のいきさつはつぎのようである。それは工事注文者ホテル赤坂が建築資金に窮し、そのため工事の進行頓座の状況であつたものをそれを打開するため、石垣が北島のあとを引継ぎ工事を続行することになり、そのことは北島も諒承し、右引継ぎ当時金一〇万円(その名義はともかくとして)が石垣から北島へと授受された。右一月一二日当時石垣の工事は既に相当程度進行していたが、同月一〇日になされたホテル赤坂、北島間の弁済契約の締結を知るに及んで石垣は、右契約によつて将来請負物件である建物が抵当権の実行その他の事由で、ホテル赤坂の所有を離れるような事態が発生すれば、自己がこれまで工事に投じた資材労務の一切が水泡に帰するにいたるべきことは懸念し、北島に折衝した次第である。その折衝を受けた北島の代理人戸田も建築業者仲間として石垣の心境を理解諒承し、ここに両者の間に、将来注文者側のホテル赤坂が北島に対する請負代金を履行せず、建物所有権が北島に移転する如き場合が発生したならば、これを北島の単独所有とせずに石垣と共有とすべき旨を約したものである。

前記証人、本人の供述中右認定に相違する部分はそのまま信用できない。そして、本来石垣建設が本件建物に投じた費用は工事注文者に対しては勿論、その以外の第三者(建物の譲受人競落人等)に対しても、その償還あるまで、目的建物を留置し得る筈で、その保護に欠ける点はないであろうが、将来相当巨額の費用を投じ、工事を続行して行かねばならない当時の請負人として本件建物に共有権を設定することにより安心を得ようとすること自体むしろ当然の措置というべきであろう。

なお、右乙第一一号証によれば、同号証の契約によつて、石垣は、注文者ホテル赤坂に対する関係において、北島と同様の権利(抵当権者、代物弁済予約権利者等の地位)を取得し、その権利関係を北島と同時に公証すべき旨を約したこと、が認められるけれども、その最後の項に「右条項に違反したる場合は違反したる当事者が抵当権設定にもとずく権限をなくすものとす」との記載がある。石垣建設はその記載をもつて、「抵当権代物弁済権等を取得した場合には注文者に対する請負代金請求権を放棄したものとするほか本件建物について一切の権利を喪失する趣旨である。」と主張し、前記証人、本人の供述中には右に照応する部分もみられるけれども、従前認定の事実によれば、北島は、これよりさき既に本件建物につき抵当並びに代物弁済予約上の権利を有していた者であり、共有権の設定も石垣の費用償還請求権を確保することが主要な目的でなされたのであるから右にいわゆる「権限をなくすもの」とはその目的の達成を不能ならしめるが如き行為をしても、当事者においては無効として、相互に対抗できない趣旨を表現したものと解することが契約を結んだ当事者の合理的意思によく適うのではなかろうか。

そうすると、既に認定したように、赤坂観光名義をもつて保存登記を経由した本件建物につき北島五郎衛門名義をもつて抵当権の設定登記、代物弁済契約に基く所有権移転請求権保全仮登記を経由したからといつて、石垣建設に対しこれら権利を実行に移し、その利益の独占を主張し得ないだけで、前記請負代金債権、共有権までも喪失するものではないといわねばならない。

果してそうであるならば、赤坂観光の所有に属していた本件建物は、北島五郎衛門との関係においては乙第四号証による約定の弁済金五五〇万円を履行しないため(その履行をしたことにつき主張、立証はなく、弁論の全趣旨から不履行の点は明かである。)同人のなした前記反訴状の送達をもつてする代物弁済完結の意思表示により、また、石垣建設との関係においては前記譲渡担保契約の成立により、赤坂観光の所有を離脱すると同時に北島五郎衛門及び石垣建設両名の共有関係に入つたものと認むべきである。

五、本件建物の登記関係

当事者双方の事実主張のうちに表われる右登記の登記簿登載(その抹消、回復を含む)とその記載内容についての事実関係は、弁論の全趣旨に徴し争いがないものと認める。そうすると本件建物につき赤坂観光と石垣建設のなしたそれぞれの保存登記は結局二重登記といわねばならない。

六、結論

(一)  赤坂観光の北島五郎衛門に対する請求について判断するに、叙上認定事実によれば、右両者間には登記原因を欠くものではないばかりでなく、既に赤坂観光は本件建物について所有権を喪失していて、その上に存する北島五郎衛門の登記を抹消することについて何らの必要ないし利益を有するものでないから、その請求は理由がない。

(二)(イ)  北島五郎衛門の赤坂観光に対する請求について判断する。既に認定したところによれば、北島五郎衛門は、本件建物を石垣建設との間の特約に基き同人と共有するに過ぎないからその持分権に基き所有権移転の登記を請求するならばともかく、単独で全部の所有権の移転登記を求めるが如きは石垣建設の共有権を侵害する結果を招来するもので(共有権保全の範囲をも逸脱する。)、失当たるを免れない。

(ロ)  つぎに石垣建設に対する保存登記の抹消を求める請求について判断する。一般に二重の保存登記の存在は登記法の容認しないところというべきであるが、叙上認定のようないきさつから本件建物につき共有関係を有するにいたつたような場合には、右二ケの保存登記を目して直ちに実体関係に符合しない無効のものと断じがたいから、その各登記は併存するほかなく、しかも共有者は、それぞれ相手方の登記を抹消することによつて、自己単独の所有権を登記簿上保持することは許されないものと解すべきである。よつて、その請求は容認できない。

(ハ)  そうすると、石垣建設の保存登記の抹消を前提とする以上芝信用並びに全国信用に対し右抹消につき同意を求める請求もまた失当といわなければならない。

(ニ)  さらに、石垣建設ち七名に対する家屋明渡及び損害賠償の請求について判断する。本件建物を北島五郎衛門と石垣建設とが共有することは前記のとおりであるが、その持分の割合については、当事者間に約定のないことは勿論、本訴において未だその確定をみる段階にいたつていない。だからといつて、共有者の一人が建物を独占し、ほしいままに使用収益を続けることの許されないことはいうをまたない。かかる独占者に対し他方の共有者からその持分に応じた使用収益をなさしむべき旨の請求をなし得べきことも明かであるが、その請求に応じないからといつて、共有物全部の占有移転を要求できるとすることは、要求者にその独占を許すことに帰着し失当となる。共有物につき何人が如何に使用収益するかということは、共有物の管理に属する事項であるから共有者の持分の価格に従いその過半数をもつて決めるべきであるが、その決めた事柄を不満とする者は結局分割を請求して共有関係を離脱ないし解消するほかないであろう。本件建物については前記のように共有者間に使用、収益の区分があるわけでもないから、どの室、どの部分の占有が不法であると特定することもできないし、持分が定められない以上損害賠償請求権の限度を明かにすることもできない。結局この請求もまた認容するに由ない。

(三)(イ)  石垣建設の赤坂観光に対する請求については、北島五郎衛門の同赤坂観光に対する請求につき与えた判断に示したところと同一の理由から、失当として棄却すべきである。(もつとも赤坂観光に対し抵当権設定登記並びに所有権移転請求権保全仮登記の各抹消登記手続を求める部分はこれら登記の抹消をなし得る地位を赤坂観光が有しないから、失当であること明かである。)

(ロ)  つぎに、北島五郎衛門に対する請求について判断する。既に認定したように、本件建物につき右北島が工事の注文者に対し抵当権並びに代物弁済予約に基く所有権移転請求権を有すること並びにこれら権利につき登記すべき旨の約束の存することは、石垣建設において前記共有に関する特約を結ぶ当時知悉しておりしかもその特約において右権利の実現を制約しているのであるから、これら権利の登記の抹消を求めるについて正当な利益を有しないことは明かであつて、その請求を容れることはできない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 町田健次)

第一物件目録

東京都港区赤坂伝馬町二丁目一番地二番地

家屋番号 同町三番の十五

一、鉄筋コンクリート地下一階屋階付陸屋根三階建旅館 一棟

建坪 四十七坪七合三勺

二階 四十五坪四合六勺

三階 四十五坪四合六勺

地階 四十四坪九合六勺

屋階   三坪七合五勺

第二物件目録

東京都港区赤坂伝馬町二丁目一番地二番地に跨る

家屋番号 同町三番の拾五

一、鉄筋コンクリート造地下一階屋階付三階建居宅 一棟

建坪 四十七坪七合三勺

二階 四十五坪四合六勺

三階 四十五坪四合六勺

屋階   三坪七合五勺

地下 四十四坪九合六勺

第三物件目録

東京都港区赤坂伝馬町二丁目四番地

家屋番号同町四番の九

一、鉄筋コンクリート造地下一階屋階付陸屋根三階建旅館 一棟

一階 四十七坪七合三勺

二階 四十五坪四合六勺

三階 四十五坪四合六勺

地階 四十四坪九合六勺

屋階   三坪七合五勺

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